「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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平原 比呂子 (ひらはら ひろこ)

【略歴】
1943年大阪生まれ
故・福中都生子氏主宰の「陽」に参加。
「コールサック」にレギュラー参加。
日本ペンクラブ、関西詩人協会所属
詩集三部作『棟上げ』など。



【詩の紹介】

川の子


「東南植物楽園」を出る
創作料理店へ入る
ゴーヤと島豆腐のチャンプルー
赤い魚アカジミーバイ(ハタ)の煮付
枝に緑色の粒をびっしりつけた海ぶどう
口の中で透明な粒がはじけ汐味が広がる
旅の楽しみは食にもありと言う娘は
朝食のフルーツを想いながら夢の中へ
昼間 ガジュマルの葉群れに消えた
ティダの横にいた子のことを考え
寝つかれずバルコニーに出る
あまたの星々と波音が静かにセッションして
ティダが小さな子とすーっと入ってきた
―この子か チィチィちゃんは
―ソウ ボクノイモウトデス
細い首 柔らかな髪が肩のところでカールしている
黒い瞳 ツンと上向きの鼻 桃色の唇
小麦色の肌に白い小花の蔓性植物をまとっている
―ティダくんとにてるとこは鼻だけやな
―オバチャンモ キジィムナーッテ ミンナボクミタイダト 
  オモッテタンヤ ニンゲンダッテ ミンナオナジデハナイサー ボクタチモ イロイロイルノ
―ごめんごめん かってにきめつけたらあかんなあ かんにんやで
―チィチィ コノヒトガイツモハナシテイルオバチャンダヨ ハーメ ニニテルヨネ
―チィチィちゃん こっちにおいで
抱きあげる 軽い この華奢な幼子が
火の雨で 森林を焼かれた上に 両親を殺された
こみあげてくるものを振り払う
―こんやは 三人でねよな
チィチィを中に川の字になる
腕枕をし引き寄せるとはにかんだ
背中をとんとんと打ちながら歌う
―チィチィちゃんは良い子だねんねしな
ほどなく寝息を立てはじめた
ティダがチィチィの顔を覗きながら言った
―ネムッタヨ カワイイデショ


アンバランス


珊瑚の白浜に寄せ来る波
海が描く青緑のグラデーション
椰子や蘇鉄の葉間を風が通り抜ける
この海岸は本当に軍事基地に続いているのか
高空を淡雲が揺蕩うている
この空を爆撃機は本当に切り裂き戦場へ向かうのか
ホテルのロビーにクリスマスソングが流れ
見送りのサンタが愛想を振りまく
衣装で暑いのだろう汗が

 

おはなし(三)
   ボクノオネガイ


長い睫を伏せ熟睡のチィチィ(月)
ティダ(太陽)が柔らかく流れる妹の髪を撫ぜている
―チィチィちゃんはミヤラビ(美童)で ティダくんはやさしいアヒー(兄)で
―チィチィガ オオキクナルマデ マモッテヤルノ
―たのもしいことですねぇ
―スー(父)ト アンマー(母)ハ モリノミンナガ キレイナハナデカザリ タンメー(おじいさん)ガジュマ  ルノソバヘウメテクレマシタ
―それはよかったこと おばちゃんがいたおおさかでも ようけのおひとが しにはってんで
―スー ヤ アンマー ダケデナク ウサギ ヤマネコ トカゲ ヘビ クイナ トンボ チョウチョ カメ ミ  ンナトモダチダッタケド オワカレシタノ
―おおさかは そらからだけやったけど ここは そらから うみから りくでもと さんぽうから ひどうやら れたって なんでも 四にんにひとりはころされはったって
―ボク タオレルニンゲン アマクマ(たくさん)ミタヨ ガマノナカデモシンデタヨ アカンボウモイタヨ イ  ッペーコワカッタヨ 
―はらだたしいなあ イッペーチム(胸)がいたいわ
―スー アンマー ハーメー(おばあさん)ガ イナクナッテ ションボリシテル ボクトチィチィ ニ ガジ  ュマルタンメー ガ イッタンダ
―なんて ゆはったんや
―ソンナニカナシムナ ガジュマルノコドモハ シンデモ マタ ガジュマルニナル イマニ スー ト ア  ンマー ヲ ウメタトコロカラ ガジュマルガハエテクルッテ
―ティダくんたちは ガジュマルにうまれかわれるんや
―デモネ マックロニヤカレテシマウトダメデ ボクタチノモリモ ダイブヤカレタカラ ガジュマルニナレ  ナイ ナカマモイルッテ
―かなしいなあ くやしいなあ
―タンメーガジュマルガ ハナシタヨウニ スー ト アンマー ヲ ウメタトコロカラ メガデテネ イマデ    ハ ボクノセイヨリタカクナッタサー ソレヲミテ チィチィモ ダンダン ゲンキニナッテキテ
―お父さんとお母さんやからね いまに ぐんぐんおおきく ふとうなって ティダくんとチィチィちゃんを  まもってくれはるわ よかったよかった おばちゃんもなんとのう うれしいで
赤い大きな瞳を向けながら話すティダ 
思わず肉づきのよい丸い体のティダを抱き締めた
腕の中でティダが言った
―ボクノオネガイハ アト フタツ
―ひとつは うみべではぐれた おばあさまのことやろ あとのひとつはなに
―アトノヒトツハネ ミンナヲ イジメタ ヒノタマヲオトシタリ ヒヲハキダシタリスル カイブツガ シマカラ    イナクナルコト
―おばちゃんも ティダくんとおんなじきもちやけど まずは おばあさまのことからやね どこかで ガジ  ュマルになって ティダくんとチィチィちゃんをまってはるよ もうひとつのおねがいは にんげんはややこしいから いつになったら のうなるやろか ティダくんたちにはみとどけてほしいけど
―アンマーガジュマルヲ ミツケテカラダネ カイブツヲ オイダスノハ
ティダとチィチィの寝顔を見詰めながら
近代から現代の戦争の醜さを思っていた
営営と築きあげた文明 文化 芸術
そこに在る自然 生きとし生きる全て
ティダのような妖精 妖怪 精霊さえも
無にしてしまう その悍しさを
翌朝 ティダもチィチィも消えていた
チィチィが髪に飾っていた
白いイジュ(ひめ椿)が
ほのかに匂っていた

おはなし(四)

 ポッテカスー(まぬけ) 


モノレール県庁前駅で下車
国際通りの喫茶店に入りシークヮーサーのジュースを飲む
ひと息ついた娘は琉球硝子の店へ
娘を待ちつつキジムナーの幼い兄妹のことを想っていた
心中を見透かされたように兄妹が現れた
―あんたら ほんまにしんしゅつきぼつやな びっくりやわ
―オバチャンハ ハーメー ノニオイガスルカラサー
ティダが得意そうに鼻をふくらませた
チィチィもウンウンと頷いている
―おおさかにかえるけど あんたたちのおかげでええたびやった ティダくんにはウチナー(沖縄)のか  なしいできごとを ようけおしえてもろたし
―ワン(僕・私)タチモ オバチャンニアエテウレシカッタ
―これからもうみべではぐれたおばあさまをさがすんやな
―ウン ゼッタイミツケルヨ ウチナンチュ(沖縄の人)デイマモ ホネヲサガシテイルヒトガイルヨ ワンモ   ホネヲミツケタラ メダツトコニソットオイトクノ ヒトニミツカルト オイカケラレタリスルカラ ワンタチヲ   トモダチトオモッテクレルヒトニシカ スガタハミセナインダオバチャンハ ハナヤムシトオハナシシテ  ルカラ アンシンダッタサー


―はなやむしとはなしていると うちのひとがあほやなってティダとチィチィが声を出して笑った
―なあティダくん ひのたまがぼうふうのようにおそってきたとき おばちゃんは二さい ティダくんもチィ  チィちゃんもこどもやったやろ あれから六十ねんもたったのに なんであんたらはこどものままやの    ん
―オバチャンハ ポッテカスーヤ アノネ ワンタチハ ガジュマルニナルト 五ヒャクネンモセンネンモ    イキルサーニンゲントハ トシノトリカタガチガウノ
ティダが濃く長い睫の瞳を大きくして言った
両脇で笑っているティダとチィチィの肩を引き寄せた ティダ からは日なたの チィチィからは若草の    匂いがした
―ネーネーがモドッテキタ
―おねえさんにもすがたをみせてやってよ
―ソレハダメッ
―ダメ ダメヨ ネェニーニー
娘が店に入ってきた
ティダとチィチィの姿がふっと消えた




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